ようこそ! 鴻巣パンジーテニススポーツ少年団のブログへ

  埼玉県鴻巣市で活動する小学生のソフトテニスクラブです。ソフトテニスを通して子供たちの 健全な心と体を育てることを目的として活動しています。
 詳しくは鴻巣パンジーテニススポーツ少年団のホームページ(http://konosupansy.omegumi.com/)も参照して下さい。
 管理人は将来を担う子供たちの育成ために微力ながらも努力をしていきたいと考えております。
 

2013年5月7日火曜日

高崎ジュニアテニスクラブ様との親善交流練習試合

皆様方、おはようございます。

ゴールデンウィークも終わり、今日からまた仕事が始まります。
今朝の出勤は正直言って些か憂鬱ですが、仕事も頑張ってスポーツ少年団活動と両立させていかなければいけません。働かざる者、食うべからずは日本の原則だと思います。また働くことで社会に貢献していくことは、日本人個人個人の義務であり、国家感をしっかり持っていくことも大切だと考えます。

さて、昨日5月6日、吉見総合公園テニスコートの6面を展開して、掲題の高崎ジュニアテニスクラブ(高崎JTC)様との親善交流練習試合を開催致しました。。埼玉県勢は鴻巣パンジーを中心に、日頃から当団との交流の深い高野ジュニア様(熊谷ジュニア様も含む)、小川ジュニア様(皆野ジュニア様も含む)の団員で構成致しました。
晩春の日差しが眩しく絶好のテニス日和の中、子供たちもテニスを満喫出来た様子でした。

対戦結果は鴻巣パンジーテニススポーツ少年団HPの大会の記録(平成25年度)にPdfファイルを掲載致しましたので、関係者の方は参照される様にして下さいね。

以下は、管理人が撮ったスナップ写真です(集合記念写真などクリックすると若干大きくなって見易くなります)。









































































 団員の皆様方でお気に入りの写真があれば、管理人まで申し出て下さい。LL版、A4版若しくはA3版のプリントを差し上げます。

当該親善交流練習試合の運営に献身的にご尽力頂きました当団の母集団役員の皆様方には感謝致しております。
また、高崎JTC様、高野ジュニア様、小川ジュニア様に於かれましては、お忙しい中、ご参集賜りましてありがとうございました。今後もこの地域を超えた交流の輪を広げていきましょう。
全日本小学生選手権大会予選会ももう間近です。皆んなで全国大会へ行って、お互いに応援しあいましょうね。

ご協力頂きました皆様方、本当にありがとうございました。

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2013年5月5日日曜日

明日は高崎JTC様との親善交流練習試合です!!

皆様方、おはようございます。

本日は、埼玉県スポーツ少年団ソフトテニス部会の定期総会を開催致します。
委員長である管理人は些か緊張しております。
協議事項が上手く纏まれば良いのですが・・・。
皆様方の献身的なご協力を仰ぐばかりですので、何卒どうぞ宜しくお願い致します。

さて、明日は鴻巣パンジーと友好関係にある高崎JTC様との親善交流練習試合です。
対戦プログラムを鴻巣パンジーテニススポーツ少年団HPの諸連絡のページに掲げましたので、関係者の皆様方は参照される様にして下さい。

下記はプログラムの表紙です。写真は昨年度の交流練習試合の際に撮った記念写真です。



明日、子供たちが地域を超えた交流を深めて、楽しい一時を過ごせる様に願っております。明日は晴天にて気温も上がりそうなので、水分補給の準備怠らない様にして下さい。

それでは、高崎ジュニアテニスクラブ(高崎JTC)様の皆様方、道中お気を付けてお越し下さいませ。

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2013年5月4日土曜日

第15回坂戸市近隣ソフトテニスジュニア交流大会(第15回スポーツ少年団ソフトテニス近隣大会)に参加しましたぁ


皆様方、こんにちはぁ。
好天に恵まれておりますゴールデンウィークを如何お過ごしでしょうか。

本日、5月4日は『みどりの日』です。


みどりの日は、日本の国民の祝日の一つです。日付は5月4日。1989年(平成元年)から2006年(平成18年)までは4月29日でした。国民の祝日に関する法律(祝日法、昭和23年7月20日法律第178号)第2条によれば、「自然にしたしむとともにその恩恵に感謝し、豊かな心をはぐくむ」ことを趣旨としています。言わずと知れたゴールデンウィークを構成する休日の一つです。 

1948年(昭和23年)の祝日法施行以来、昭和天皇の誕生日である4月29日は、国民の祝日である「天皇誕生日」とされていました。その後1989年(昭和64年)1月7日の今上天皇即位により、天皇誕生日は今上天皇の誕生日である12月23日に改められることとなりましたが、ゴールデンウイークの一角を構成する祝日を廃止することによる国民生活への影響が懸念されたことから、4月29日を「みどりの日」と改めた上で祝日として存続させることとなりました。その後、2005年(平成17年)の祝日法改正により、2007年(平成19年)以降は「みどりの日」を5月4日に移動し、4月29日を「昭和の日」とすることとなりました。

『みどりの日』の名前の由来は、各界識者をメンバーとする小渕恵三官房長官(当時)の私的諮問機関(皇位継承に伴う国民の祝日に関する法律改正に関する懇談会)において、「昭和天皇は植物に造詣が深く、自然をこよなく愛したことから『緑』にちなんだ名がふさわしい」という主旨の意見が多数を占めたからであるとされています。他の意見には「科学の日」などがあったとされ、いずれにしても4月29日が休日となる所以となった昭和天皇の、博識であった面にちなんだ名前となっています。
 
 

さて、昨日5月3日(憲法記念日)、五月晴れの好天に恵まれた環境の中、掲題の第15回坂戸市近隣ソフトテニスジュニア交流大会(第15回スポーツ少年団ソフトテニス近隣大会)が開催されました。鴻巣パンジーからは高学年男子4ペア及び高学年女子6ペア、合計10ペアをエントリーしました。 

入賞者は下記のとおりです。 

【高学年男子の部】
優勝 高野・茂木(鴻巣)
準優勝 並木・桑山(小川)
第3位 佐藤・大木(皆野・小川)
第3位 岡田・菊池(深谷)
第2位トーナメント優勝 折原・大嶋(高野・鴻巣)

【高学年女子の部】
優勝 桑山・吉田(東松山)
準優勝 冨永・久保田(鴻巣)
第3位 小暮・小林(深谷)
第3位 加納・村田(東松山)
第2位トーナメント優勝 黒田・大野(北坂戸)

【低学年男子の部】
優勝 森田・中川(飯能)
準優勝 田野・根岸(皆野)

【低学年女子の部】
優勝 森澤・鈴木(北坂戸)
準優勝 伊藤・三田(北坂戸)

対戦結果は下記を見て下さい(クリックすると大きくなって若干見易くなります)。Pdfファイルを見たい方は鴻巣パンジーテニススポーツ少年団HPの大会の記録(平成25年度)に掲げておりますので、そちらも参照されて下さい。
 




 
以下はスナップ写真です。











 

この度の大会の運営にご尽力賜りました坂戸ソフトテニスジュニアスポーツ少年団を始めと致しました坂戸市の関係者の皆様方に深く感謝致しております。子供たちも清々しい晴天の一日、ソフトテニスを満喫することが出来た様子です。本当にありがとうございました。
 
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2013年5月1日水曜日

第12回全国小学生ソフトテニス大会 対戦の模様(その2)


皆様方、こんばんはぁ。
連日、お疲れ様でございます。

本日、5月1日はメーデーです。

メーデー(May Day、直訳すれば「5月の日」)は、世界各地で毎年5月1日に行われる祭典です。ヨーロッパでは夏の訪れを祝う日である一方、労働者が統一して権利要求と国際連帯の活動を行う日でもあります。「労働(者)の日」(Labour Day)とも言いますが、いくつかの国ではその国独自の「労働者の日」を定めているため、International Labour Day と言う必要があります。
 
 

「メーデー」とは本来五月祭を意味し、この日に夏の訪れを祝う祭がヨーロッパの各地で催されてきました。この祭では労使双方が休戦し、共に祝うのが慣習でしたが、これが近代に入り現在の「メーデー」へと転化し、こんにちの「労働者の日」メーデーが誕生しました。

労働者の日としてのメーデーは、1886年5月1日に合衆国カナダ職能労働組合連盟(後のアメリカ労働総同盟、AFL)が、シカゴを中心に8時間労働制要求(8-hour day movement)の統一ストライキを行ったのが起源です。 1日12時間から14時間労働が当たり前だった当時、「第1の8時間は仕事のために、第2の8時間は休息のために、そして残りの8時間は、おれたちの好きなことのために」を目標に行なわれました。

1888年にAFLは引き続き8時間労働制要求のため、1890年5月1日にゼネラル・ストライキを行うことを決定しましたが、1886年の統一スト後にヘイマーケットの虐殺(Haymarket massacre)と言われる弾圧を受けていたため、AFL会長ゴンパースは1889年の第二インターナショナル創立大会でAFLのゼネスト実施に合わせて労働者の国際的連帯としてデモを行うことを要請、これが決議され、1890年の当日、ヨーロッパ各国やアメリカなどで第1回国際メーデーが実行されました。以後も労働者の権利を主張する運動、また、国民がその時々の要求を掲げ団結と連帯の力を示す日として継続・発展してきました。

日本では、1905年(明治38年)メーデーの先駆けとなる平民社の主催で茶話会というかたちで開かれ、引き続き1906年に横浜曙会の吉田只次・村木源次郎・金子新太郎らがメーデーを記念し街頭演説、ロシア二月革命後の1917年5月7日に在京社会主義者約30人がメーデー記念の集いを開催しました。労働団体が挙行にいたるのは1920年5月2日日曜日に第1回のメーデー(主催:友愛会 司会者:鈴木文治)が上野公園(現在の東京都台東区)で行われ、およそ1万人の労働者が「八時間労働制の実施」「失業の防止」「最低賃金法の制定」などを訴えました。翌年からは5月1日となり、開催地や参加人数も増えていきました。
 
 
しかし、1936年、二・二六事件発生により戒厳令が敷かれた後、同年3月19日付けで治安維持を目的とする内務省警保局通牒「集会及多種運動の取締方に関する件」(「多衆運動ハ従来慣行ニ依リ許容ジラレツツアルモノト雖モ右期間中ハ凡テ之ヲキンシスルコト、従テ愛国労働祭又ハメーデー等の計画アル向ニ対シテハ予メ之ヲ中止スル様諭旨スルコト」)が発せられ、3月24日にメーデー開催が禁止されました。第17回メーデーは中止されたのです。これに反対する無産政党や日本労働組合全国評議会(全評)の組合らは3月26日にメーデー禁止措置反対行動を起こし、内務省や警視庁へ抗議、4月27日に全評の山花秀雄が組合幹部個人の名義でメーデー実施を指令し、当日は小規模ながらも全国で様々な形の集会やデモが開催されました。指令を発した山花はメーデー終了まで愛宕署に検束拘置されました。この年から1945年まで日支事変激化などの理由で開催されることはなかった様です。 

太平洋戦争(大東亜戦争)敗戦翌年の1946年、「働けるだけ喰わせろ」をスローガンに掲げ、11年ぶりのメーデーが通算で17回大会として盛大に開かれました(別名「食糧メーデー」または「飯米獲得人民大会」)。 全国で100万人、東京の宮城前広場に50万人が集まりました。5月12日には「米よこせ」を叫ぶ市民が宮城内に入り、同19日には「食糧メーデー」が25万人を集めて行われ、民主人民政府の樹立が決議されました。

1951年の第22回大会では、サンフランシスコ講和条約締結を控えて反対運動の盛り上がりを恐れた政府とGHQは中央メーデーの皇居前広場の使用を禁止したため、総評は中央メーデーを中止し、一方で統一メーデー促進会が「全面講和をかちとれ」「再軍備に反対せよ」のスローガンを掲げて芝公園で実質的な中央メーデーを開催し、戦後初の分散メーデーとなりました。

日本の主権回復後に行われた1952年の第23回大会では、日本国との平和条約と日米安全保障条約(旧条約)への抗議も主張に含まれました。その際に皇居前広場へ向かおうとしたデモ隊の一部が警官隊と衝突し、流血の惨事となりました(血のメーデー事件)。 

米軍政下で琉球政府時代の沖縄でもメーデーは開催されていました。1951年に恩納村万座毛に300人が集まったのが沖縄で初のメーデーです。1952年には「即時本土復帰」「サンフランシスコ講和条約第3条撤廃」などを掲げた本格的なメーデーとなり、これをもって第1回沖縄メーデーと言います。1954年の場合、労働運動から反米運動への展開を恐れた米民政府はカール・マルクスの実際の誕生日は5月5日であるにもかかわらず、「5月1日はマルクスの誕生日であるため、非共産主義者はメーデーに参加しないように」という声明を出し、開催阻止に向けて圧力をかけました。
 
 
高度成長期には総評、同盟などの共催で統一メーデーが続けられ、1984年の第54回大会では特別決議としてメーデーの祝日化要求が採択されました。

「時短元年」と位置づけられた1985年の55回大会ではサブスローガンで「週40時間制」、前年の祝日化要求決議を引き継ぐ「太陽と緑の週」の法制化など、労働時間短縮(時短)の実現が掲げられました。そして新たに「スポーツ祭典」が併催されて「お祭りメーデー」と呼ばれる家族ぐるみの行事に発展したが、他方で労働運動としての意義の喪失に繋がると社会党や共産党、日本高等学校教職員組合(日高教)などいくつかの労組から反対や再検討を求める批判がなされました。この当時、管理人は某製薬会社の若手研究員、所謂、労働組合活動も積極的に行っており、他の組合員と共に、熊谷市内をデモ行進した記憶があります。今でこそ上級管理職となって、労働組合活動からは長い期間、離れておりますが、今の労働組合活動は以前に比べて随分と大人しくなった様に思えます。

 その後、労働組合の全国中央組織の再編による組織対立の激化で、1989年以降は統一メーデーの開催ができなくなり、日本労働組合総連合会(連合)と非連合系の全国労働組合総連合(全労連)や全労協による分裂開催となりました。また、前後がゴールデンウィークで長期休暇を取る例が増え、労働組合活動が低調になってきて参加者数が減少したことを理由に、連合系メーデーは2001年以降4月29日や土曜日に行うようになり、一方で全労連や全労協のメーデーは5月1日開催を続けており、その分裂と対立の構図は解消されていないのが現状です。

2008年、連合は4月26日土曜日、東京の代々木公園で中央大会を開き、主催者発表で約4万5千7百人が参加しました。「暫定税率の復活による増税反対」「後期高齢者医療制度廃止」などののぼりが立ち並んでおりましたね。一方、平日の5月1日に同じ場所で開かれた全労連系中央大会は「貧困と戦争をなくせ!」を主テーマとし、主催者発表で約4万4千人が参加しました。
 


連合と全労連のメーデーは、どちらも1920年からの通算回数をカウントしており、2010年で第81回目を迎えたとしています。

さて、前回に引き続き折原諭(高野ジュニア)・大嶋理音ペアの第12回小学生ソフトテニス大会に於ける活躍ぶりを動画を使って紹介していきたいと思います。今日は4年生以下男子の部予選リーグの第2戦、奈良県桜井ガンバクラブの高瀬淳一郎・松井匠ペアとの対戦を見て頂きましょう。撮影は管理人がベンチ脇に三脚を置きました。それでは7ゲームマッチの試合をご覧になって頂きましょう。
 
 
ご覧のとおり4-2で折原諭・大嶋理音ペアが勝利致しました。試合展開は下記のとおりです。

 ☆第1ゲーム 4-1(サービス)
  ★第2ゲーム 2-4(レシーブ)
  ☆第3ゲーム 4-1(サービス)
  ☆第4ゲーム 4-0(レシーブ)
  ★第5ゲーム 2-4(サービス)
  ☆第6ゲーム 4-1(レシーブ)

第1ゲームは楽勝のムードが漂い、その後の気持ちが燃え上がらずプレーに響きました。本来は短距離全力疾走モードで全ゲームに臨まなければいけないのですが・・・。2ゲームめ、そしてゲームカウント3-1となった第5ゲームめの折原・大嶋ペアは集中力に欠けていました。どのゲームも気持ちを尖らし全て全力の力を発揮しなければいけないのですが低学年の二人にはまだそれが出来ていません。管理人から見るとまだ甘さを感じます。ゲーム内容は反省すべき点が多い試合でした。しかしながら勝利は勝利として素直に喜びましょう。折原諭・大嶋理音ペアの快進撃はまだまだ続きます。
 

 

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