「天使とは、美しい花をまき散らす者ではなく、苦悩する者のために戦う者である」はナイチンゲールの名言として広く知られていますが、近年の調査ではナイチンゲール本人が実際にこのように語った記録や正確な出典は確認されておらず、日本独自の書籍や名言集の中で変化・定着していった言葉であると指摘されています。本人の実際の文章としては、汚れ仕事や地道なケアをやり抜く姿こそが真の天使であるという趣旨の手記が残されています。
即ち、冒頭のスライドに掲げた言葉は、「ナイチンゲール自身が書いた手記の言葉」と「日本の児童向け伝記や名言集による改変」が合体して生まれた、日本独自のハイブリッド名言です。
実際のところナイチンゲールは「白衣の天使」という言葉が持つ、優雅で綺麗なお飾りのイメージを嫌っていました。本当の看護師(天使)とは、誰もが嫌がる雑役婦のような汚れ仕事を黙々とこなし、感謝されなくとも働く人間だと言った現実的でプロフェッショナルな姿勢を示したものでした。
後半の文章が「苦悩する者のために戦う者だ」に変化したのは、日本国内での約60年にわたる変化の歴史によるものです。
①.
1960年代(伝記での変化)
日本の児童向け伝記で前半部分が紹介され、後半の泥臭い表現が「困っている人々を救うために働き戦う者だ」というニュアンスに意訳・要約されました。
②.
1986年(名言集での固定化)
『世界名言普及協会』の書籍などにおいて、現在の「苦悩する者のために戦う者だ」という形にまとめられました。
③.
1990年代以降(拡散)
辞書やビジネス書、ネットを介して「公式な名言」として日本全国に定着しました。英語圏で見られる同様の表現は、日本で生まれた名言が逆翻訳されたものとされています。
笑顔を振りまき、華麗に振る舞う。容姿端麗な人は輝いていて、まるで天使に見えると言う人がいます。何も知らなければ、とても清廉潔白で真っ白な存在に見えるのです。
「黒」に触れなければ「白く」いられます。最初に『白衣の天使』と言われたのは、このナイチンゲールです。表層しか見ない軽薄な人々の評価に、ナイチンゲールは首をかしげたそうです。とても一言では言い表せない、苦悩の日々を送る人々や動物をその目で見た時に天使(ナイチンゲール)は、葛藤したそうです。日本では看護の母として、母性や女性を強調して語られることの多いナイチンゲールですが、実際は男性に詰め寄り、箱を叩き割ってでも本当に必要なことを実現するためになら、どんな障害も力づく、ブレーキのない超高性能ブルドーザーのような人だったそうです。
陽の当たる場所で優雅に舞うだけでは、『天使』ではありません。陽が当たらない場所に一片の光を当てるのが『天使』なのです。
辺り一面に美しい花を巻き散らし、元気を与えることは良いことです。そんな華やかだとわかっている仕事ではなく、常識的に『損な役』とされている仕事を進んでやれる。これが真の天使なのです。
真の天使は、それを『損な役』だとは思わないのです。誰しも楽で華やかな仕事がしたいと憧れるものです。しかしながら、そんな人ばかりでは社会は成り立ちません。大きな組織でも小さな組織でも綺麗ではない仕事は存在します。それを遂行してくれる人がその組織における天使であり、価値が高い人財なのです。
「縁の下の力持ち」こそ、真の天使ではないかと思います。
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