本日は『新聞』の話を少し書きます。
日本には現在の新聞と似たものとして瓦版(読売とも呼ばれていた)が江戸時代以前から存在し、木製のものが多かったと言われております。現存する最古の瓦版は1614年〜1615年の大坂の役を記事にしたものであります。現在の紙媒体の新聞は、幕末から明治時代に欧米を真似て作り、国民に広まりました。尚、新聞という言葉は明治時代に作られた造語なんです。
1862年1月には初の日本語の新聞として『官板バタビヤ新聞』が刊行されました。これはジャワで発行されていたオランダ語の新聞『ヤパニッシュ・クーランド』を、幕府の蕃書調所が和訳したものです。3月には『官板海外新聞』と改名しましたが、一般には「バタビヤ新聞」として知られておりました。また、播州の水夫であったジョセフ・ヒコ(浜田彦蔵)が、1864年(元治元年)に出した『海外新聞』(のちに『新聞誌』に改名)が、日本での新聞第二号とされています。
明治時代に入ると、文明開化の流れに乗って新聞が多数創刊されました。1868年に小冊子形態の新聞が刊行され、佐幕色の『中外新聞』、『江湖新聞』(1868年創刊)が、1870年には日本最初の日刊紙である『横浜毎日新聞』が創刊されました。1872年には『東京日日新聞』(現在の毎日新聞)、『郵便報知新聞』などがそれぞれ創刊されました。明治政府は新聞の普及が国民の啓蒙に役立つという認識から、新聞を積極的に保護する政策を取っておりました。当時の明治政府は日本各地に無料の新聞縦覧所や新聞を人々に読み聞かせる新聞解話会を設置したほか、新聞を公費で買い上げたり郵便で優遇したりして各新聞社を支援しておりました。
1874年に民選議院設立建白書の提出などを契機として自由民権運動が盛んになると、それまでの御用新聞より民権派の勢力が強くなり、政府に批判的な論調が目立つようになりました。こうしたことから明治政府は1875年に新聞紙条例、讒謗律を制定して新聞の言論弾圧に乗り出しました。この頃の新聞は、政論中心で知識人を対象とした「大新聞」と娯楽中心で一般大衆を対象とした「小新聞」に分かれておりました。
1874年に『讀賣新聞』、1879年に『朝日新聞』が創刊。1894年からの日清戦争、1904年からの日露戦争の戦時報道、1905年9月1日の『大阪朝日新聞』には「天皇陛下に和議の破棄を命じた賜はんことを請い奉る」という記事と8月29日のポーツマス条約の講和条件を引用などの新聞報道により起きた民衆の暴動事件日比谷焼打事件、その後の全新聞による「警視庁廃止」の論陣などを経て、従来の論説中心から報道取材が行われるようになりました。1909年には新聞紙条例を経た新聞紙法が制定されました。
1950年代に民間放送の設立が認められると、各新聞社はこぞって自己資本による放送局の設立に乗り出しました。当時設立された民間放送局のほとんどは新聞社の強い影響下に置かれることになり、新聞は放送業界においても大きな発言力を持つようになりました。
そして現在、印刷技術の格段の進歩が反映されております。即ち、昭和後期から平成期になると、印刷にコピー機の原理が加わりました。レーザーを使用したフィルムプリンタの登場により、新聞紙面大のフィルムに文字を焼き付け、現像。ネガであるため白抜きの文字になります。以下は、液体コピー機の原理と同じです。作成したフィルムをフィルタとして大型の感光ドラムに照射し、感光ドラムまたは感光フィルム(以下感光体)の表面電位を変化させ、感光体に文字を電位変化という形で作成します。次に液体トナーと呼ばれるインク物質を感光体に触れさせ、電位変化のあった感光体の文字部分にインクを付着させます。次に紙と触れさせ転写を行います。カラー印刷を行う場合は、4色の色別に印刷機が組み合わされます。
現在の日本の各新聞の発行部数は下記のとおりです。
※発行部数は、1日の平均発行部数。
順位 (日本) | 順位 (世界) | 新聞社名 | 発行部数(万部) |
1 | 1 | 讀賣新聞 | 1002.1 |
2 | 2 | 朝日新聞 | 805.4 |
3 | 3 | 毎日新聞 | 391.2 |
4 | 7 | 日本経済新聞 | 305.3 |
5 | 10 | 中日新聞 | 275.5 |
6 | 14 | 東京スポーツ | 223.0 |
7 | 15 | 産経新聞 | 220.4 |
8 | 20 | 日刊スポーツ | 186.8 |
9 | 22 | スポーツ日本 | 180.0 |
10 | 24 | 夕刊フジ | 155.9 |
11 | 29 | 産経スポーツ | 136.8 |
12 | 33 | 北海道新聞 | 120.1 |
13 | 46 | 報知新聞 | 101.5 |
14 | 47 | デイリースポーツ | 99.9 |
15 | 66 | 西日本新聞 | 84.9 |
16 | 70 | 中日スポーツ | 80.8 |
17 | 85 | 静岡新聞 | 71.8 |
18 | 86 | 中国新聞 | 71.8 |
本日9月5日、発行部数世界一番の讀賣新聞に先日開催されました第33回埼玉県スポーツ少年団小学生ソフトテニス交流大会(中央大会)及び第33回埼玉県スポーツ少年団中学生ソフトテニス交流大会の記事が掲載されましたので、お知らせ致します。各種目の第3位までの選手の名前が載っておりました。下記はその切り抜きです(クリックすると大きくなって見易くなります)。
ソフトテニスの結果が新聞に載るのも機会が少ないところで、嬉しい限りです。名前が掲載されました子供たちにとって励みになると共に、遠い将来を勘案すると子供時代の良き記念にもなります。そして、我々の活動が世に広まっていくことを非常に意義深く感じます。
我々埼玉県スポーツ少年団ソフトテニス部会と致しましては、今後も継続して広報活動に力を入れていきたいと考える次第です。
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