ようこそ! 鴻巣パンジーテニススポーツ少年団のブログへ

  埼玉県鴻巣市で活動する小学生のソフトテニスクラブです。ソフトテニスを通して子供たちの 健全な心と体を育てることを目的として活動しています。
 詳しくは鴻巣パンジーテニススポーツ少年団のホームページ(http://konosupansy.omegumi.com/)も参照して下さい。
 管理人は将来を担う子供たちの育成ために微力ながらも努力をしていきたいと考えております。
 

2014年5月11日日曜日

山瀬侑希選手(ヨネックス)のボレーとスマッシュの教え


 皆様方、こんばんはぁ。
 本日、5月の第2日曜日は『母の日』です。
 母の日は、日頃の母の苦労を労り、母への感謝を表す日なのです。



アメリカでは南北戦争終結直後の1870年、女性参政権運動家ジュリア・ウォード・ハウが、夫や子どもを戦場に送るのを今後絶対に拒否しようと立ち上がり「母の日宣言」(Mother's Day Proclamation)を発しました。ハウの「母の日」は、南北戦争中にウェストバージニア州で、「母の仕事の日」(Mother's Work Days)と称して、敵味方問わず負傷兵の衛生状態を改善するために地域の女性を結束させたアン・ジャービスの活動にヒントを得たものですが、結局普及することはありませんでした。ジャービスの死後2年経った1907512日、その娘のアンナは、亡き母親を偲び、母が日曜学校の教師をしていた教会で記念会をもち、白いカーネーションを贈りました。これが日本やアメリカでの母の日の起源とされております。


アンナの母への想いに感動した人々は、母を覚える日の大切さを認識し、1908510日に同教会に470人の生徒と母親達が集まり最初の「母の日」を祝いました。アンナは参加者全員に、母親が好きであった白いカーネーションを手渡しました。このことから、白いカーネーションが母の日のシンボルとなりました。アンナ・ジャービスは友人たちに「母の日」を作って国中で祝うことを提案しました。1914年に「母の日」はアメリカの記念日になり、5月の第2日曜日と定められた訳です。

日本では、1931年(昭和6年)に、大日本連合婦人会を結成したのを機に、皇后(香淳皇后)の誕生日である36日(地久節)を「母の日」としました]が、1937年(昭和12年)58日に、第1回「森永母の日大会」(森永母を讃へる会主催、母の日中央委員会協賛)が豊島園で開催されました後、1949年(昭和24年)ごろからアメリカに倣って5月の第2日曜日に行われる様になりました。日本でも母の日にはカーネーションなどを贈るのが一般的です。

 
皆様方も今日の『母の日』だけに限らず、常日頃からお母さんには感謝をしましょう。

さて、久しぶりに管理人が大好きなサンドウィッチマンのコントを見て下さい。題して『母からの手紙』です。大爆笑ものですよ。
 

 さて本日はヨネックスの山瀬侑希選手(当時19歳)のボレーとスマッシュの講習内容をご覧になって頂きましょう。管理人らが主催しました埼玉県スポーツ少年団ソフトテニス部会の平成25年度ソフトテニス指導者講習会の模様です。音声が若干小さくて聞き辛いかも知れません、また撮影の手振れが多少ありますが、お許し頂ければ幸いです。




 
 それでは山瀬侑希選手の講習内容を整理してみましょうかぁ。

先ずはボレーです。①左足を出し、次に右足を出し、2歩半目にインパクト(ボレー)して3歩目の左足を出します。②足を動かさない手だけのボレーは不可、③足を動かさずに身体が逃げるとかえって怖くなってしまう。④身体の前でボールを捕えることが大切である。
 次にスマッシュのポイントです。1)先ずは正面姿勢からお臍を右横に向ける、2)サイドステップでボールの落下地点まで下がる、3)ボールは横目で見る感じ、4)ラケットは引き過ぎずに肩に担ぐ様に、5)左手はトスを挙げる様に真っ直ぐに上げる(飛んできたボールを掴む様に)、6)左手はギリギリまで上に挙げておきラケットの振出しと同時に下げる、7)打点は肘を伸ばした高い所とすること(肘を曲げて落したまま打たない)、8)思いっきりラケットを振るのではなく80%の力で振り下ろしてコースを狙うこと、9)打ち終わった後は身体を前に倒すこと(仰け反ったりすることは不可)、等々でした。

ここで山瀬侑希選手のボレーを顧みてみましょうね。


なるほど!!! 足の運び方が素晴らしいですね。左足を小さく出し、次に右足を大きく前に出し、2歩半目にインパクト(ボレー)、送り足として3歩目の左足は小さく出しています。ラケットは決して引き過ぎておらず常に身体の前にあります。インパクトの瞬間は右腕が真っ直ぐ伸びているのも解りますね。更にインパクトの後はラケットを直ぐに下げずに所謂、ラケットの面を残した状態でキープしていますね。

次に山瀬侑希選手のスマッシュです。
 


正面向きの状態から右足を小さく引いて横向きになっています。そこから細かいサイドステップ、そうそう!ラケットを引きながらサイドステップしています。ラケットは肩に担ぐ様に引いていますね。左手をボールに向かって真っ直ぐ挙げているところは印象的ですね。振出は肘から出ていて、インパクトの瞬間は右腕が伸びて高い位置で打球しています。最後は左足の横にラケットを振り切り、身体は斜め左に倒しています。

山瀬侑希選手に於かれましては解り易い講習を賜りましてありがとうございました。我々指導者も有意義な時間を過ごすことが出来ました。

尚、次回平成26年度の埼玉県スポーツ少年団ソフトテニス部会指導者協議会の研修会ですが、67日於熊谷市大幡中学校テニスコート、講師はヨネックスの中村朱里選手(後衛)と山瀬侑希選手(前衛)にお願いしております。
 
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2014年5月5日月曜日

第16回坂戸市近隣ソフトテニスジュニア交流大会に参加しましたぁ


 皆様方、こんにちはぁ。
 本日55日は『こどもの日』であると共に、今年は立夏にあたります。





立夏は、二十四節気の第7、四月節(旧暦3月後半から4月前半)です。定気法では太陽黄経が45度のときで55日頃になります。暦ではそれが起こる日ですが、天文学ではその瞬間とします。恒気法では冬至から3/8年(約136.97日)後で57日頃になります。期間としての意味もあり、この日から、次の節気の小満前日までを指します。夏の気配が感じられる頃です。

暦便覧には「夏の立つがゆへなり」と記されています。

尚、春分と夏至の中間で、昼夜の長短を基準に季節を区分する場合、この日から立秋の前日までが夏となります。 

さて、一昨日53日に表題の第16回坂戸市近隣ソフトテニスジュニア交流大会(坂戸市市民運動公園テニスコート)に参加してまいりました。

立夏近しの好天に恵まれ、子供たちも一生懸命に白球を追い続けておりました。とても有意義な一日を過ごすことが出来まして、管理人も嬉しく思っております。
これも偏に坂戸ソフトテニスジュニアスポーツ少年団を始めと致しました坂戸市ソフトテニス連盟及び坂戸市スポーツ少年団の皆様方のお蔭と感謝致しております。
本当にありがとうございました。

当団は女子6ペア、男子3ペアのエントリーで臨みました。高学年男子の部に於いて大嶋理音・折原諭(高野ジュニア)ペアが優勝、高学年女子の部では野口なつき・横田彩花ペアがベスト8、また低学年男子の部では深谷亮平・鵜沢公希が第3位入賞を果たしました。

詳しい結果は、鴻巣パンジーテニススポーツ少年団のホームページ大会の記録(平成26年度)に掲げましたので、関係者の皆様方は参照されて下さい(渡辺さん、記録の転記をありがとうございました)。

例によってスナップ写真を撮ってまいりましたので、ご覧になって下さい。今回はいつも愛用しています一眼レフカメラ、Canon EOS Kiss X50ではなくて、ポケットに入る小型のデジカメSony Cyber-shot DSC-WX300 - Compact 20x Zoom Cameraを持参しました。以前のブログにも書きましたが、このデジカメも優れもので皆様方にもお奨めなのです。この機種は光学20倍のズームレンズを搭載したコンパクトデジタルカメラとして世界最小・最軽量を謳うモデルです。連写モードも素晴らしく、鋭敏に作動するので高く評価しています。
 

 

 
 


















 さて、本日は埼玉県スポーツ少年団ソフトテニス部会の定期総会を開催します。委員長の責務を担っております管理人ですが、これからも出来る限りの努力を続けていきたいと考えております。
 それではボチボチ、出掛けてまいります。

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2014年5月1日木曜日

第51回近隣3市ジュニアソフトテニス親善交流大会を開催しましたぁ!!


 皆様方、こんばんはぁ。
 ゴールデンウィークを如何お過ごしでしょうか。

 本日、51日はメーデーです。

 「メーデー」とは本来五月祭を意味し、この日に夏の訪れを祝う祭がヨーロッパの各地で催されてきました。この祭では労使双方が休戦し、共に祝うのが慣習でありましたが、これが近代に入り現在の「メーデー」へと転化し、現在の「労働者の日」メーデーが誕生しました。

 

労働者の日としてのメーデーは、188651日に合衆国カナダ職能労働組合連盟(後のアメリカ労働総同盟、AFL)が、シカゴを中心に8時間労働制要求の統一ストライキを行ったのが起源です。 112時間から14時間労働が当たり前だった当時、「第18時間は仕事のために、第28時間は休息のために、そして残りの8時間は、俺たちの好きなことのために」をスローガンに行われました。

日本では、1905年(明治38年)メーデーの先駆けとなる平民社の主催で茶話会というかたちで開かれ、引き続き1906年に横浜曙会の吉田只次・村木源次郎・金子新太郎らがメーデーを記念し街頭演説、ロシア二月革命後の191757日に在京社会主義者約30人がメーデー記念の集いを開催しました。労働団体が挙行にいたるのは192052日(日曜日)に第1回のメーデー(主催:友愛会 司会者:鈴木文治)が上野公園(現在の東京都台東区)で行われ、およそ1万人の労働者が「八時間労働制の実施」「失業の防止」「最低賃金法の制定」などを訴えました。翌年からは51日となり、開催地や参加人数も増えていきました。

 
太平洋戦争敗戦翌年の1946年、「働けるだけ喰わせろ」をスローガンに掲げ、11年ぶりのメーデーが通算で17回大会として盛大に開かれました(別名「食糧メーデー」又は「飯米獲得人民大会」)。 全国で100万人、東京の宮城前広場に50万人が集まり、512日には「米よこせ」を叫ぶ市民が宮城内に入り、同19日には「食糧メーデー」が25万人を集めて行われ、民主人民政府の樹立が決議されました。

 

「時短元年」と位置づけられた1985年の55回大会ではサブスローガンで「週40時間制」、前年の祝日化要求決議を引き継ぐ「太陽と緑の週」の法制化など、労働時間短縮(時短)の実現が掲げられました。そして新たに「スポーツ祭典」が併催されて「お祭りメーデー」と呼ばれる家族ぐるみの行事に発展しましたが、他方で労働運動としての意義の喪失に繋がると社会党や共産党、日本高等学校教職員組合(日高教)など幾つかの労組から反対や再検討を求める批判がなされました。

管理人が思うに、現代のメーデーは労働者の祭典としての意識が薄れてきているかと思います。雇用条件は決して良い条件ではないのですが・・・、スローガンは「労働条件の改善」ではなく、「暫定税率の復活による増税反対」や「後期高齢者医療制度廃止」など多岐に渡ってきているのではないでしょうか。




 さてここからが本題です。
レポートが遅くなりましたが、先日27日(日)に鴻巣上谷総合公園テニスコートに於いて表題の第51回近隣3市ジュニアソフトテニス親善交流大会を開催致しました。参加団は桶川ソフトテニススポーツ少年団様、北本エンジェルテニスクラブ様、吹上ジュニアテニススポーツ少年団様、そして当鴻巣パンジーテニススポーツ少年団の34団です。好天に恵まれました子供たちは思う存分にソフトテニスを満喫することが出来たのではないかと思います。
 




 
入賞者は下記のとおりです。

詳しい試合結果は鴻巣パンジーテニススポーツ少年団のホームページ(大会の記録(平成26年度))に掲載致しましたので、参照されて下さい。 
以下は管理人が撮りました子供たちのスナップ写真です。子供たちは皆な一生懸命な顔つきで頑張っていました。
 
 
 
 
 
 

ゴメンなさい お食事中に失礼しま~す!!!
お昼のお弁当は美味しかったですか?
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

ご参加頂いました桶川ソフトテニススポーツ少年団様、北本エンジェルテニスクラブ様、吹上ジュニアテニススポーツ少年団様の監督・コーチの皆様方、また父兄の皆様方に於きましては多大なご協力を賜りましてありがとうございました。心より感謝致しております。
 
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